« ~第三章・・・核~ | トップページ | ~第五章・・・変化する幸福~ »

~第四章・・・O-ja丸 消滅~

さて、そろそろ話を収束させに入ることとしよう。期間にしてみればとても短い、ほんの数ヶ月だったかもしれない。その中で俺は何度も何度も考えた。会社側から契約を解除(そもそも契約はまだだったが)されるならわかるが、まさか自分の方から辞めるなんていう発想は当初本当に最も自分からは遠い考えだった。それがこうなるまでのいきさつは、今まで述べてきたことが全て一体となった結果なのだ。例えば最初の方で述べた、この会社での戦略的アプローチではきっと成功は出来ないだろうというような会社やプロデューサーの資質の問題、あるいは俺の考えとの相違という部分、この問題だけならば辞めるわけがないし、まずはこの世界に身を置いて動いていくなかで結果を出すべく色々と模索していったことだろう。そして何より俺に声をかけてくれた社長、俺の音楽を認めてくれた社長にいい思いをしてもらうためにも、この会社を大きくするためにも、もちろん自分が生活するためにも「辞める」なんてことはありえなかった。他に収入や生活の問題にしても同じことが言える。収入がデビュー半年後に入る印税のみで、それまでの間は会社に行くまでの交通費や食費(まぁ食べる時間などないのだが)から何から見事なまでに一円たりともお金が出ることはなかったので、当面は完全な赤字。ゆえに生活のためにも塾を減らすわけにもいかず、だんだんと体力的にも不具合が生じてくるのが実感としてあった。そして例えばレコーディングでのVOの本番録りにしてもこっちのコンディションなどは全く関係なく、ある日突然「その時」は来るのだが、プロである以上コンディション管理も仕事なのだからという以前にそのコンディション管理をしようにも物理的に出来ないというのが現状であったが、これにしても憲法で保障(笑)されているような最低限度の生活が出来れば(「健康で文化的」ではなかったにせよ)、好きなことをやっている以上、やっぱり続けていたことだろう。もちろん俺だって他のレコード会社の給料体系の平均値などすでに業界にいる知人や書物から情報は得ていて知らないわけではない。ここの会社は流石に超例外であることも知っている。しかしやはり俺は他でもなく、この会社から声がかかったわけだし、比べたりしたくはなかった。

そして社長から筋の通った人間的な扱い(商品としてでもかまわない、とにかく筋の通った扱いという)をうけなかったことにしても、やはり自分の夢、生活のために自分の中で押し殺してすませていたことだろう。

これらの要素がどれか一つだけだったり、いや全部でなければなんとかして踏みとどまろうとしたかもしれない。しかし、これらの要素が全て一体化した時、ついには一筋の光のような物すらも見えなくなってしまったような気がした。作品作りのスランプに陥ったり、創造性、独自性の部分と売れ線の部分での葛藤に悩んだり、プロモーションやキャンペーンやレコーディングで忙殺されることにどんなに憧れたことか。これらよく言われるアーティストの悩みが俺にはとてもまぶしかった。

さらにたちの悪いことに俺は、この社長がいる会社に利益をもたらしたくない、という思いも強く出てきた。まだ売れてもいないうちに難なのだが、これはつまり売上枚数が増えていったところで俺は喜ばなくなるということだ。こういう考えになっている自分がまたとても嫌でしかたなかった。最初俺の考えは、よくブレイクしたりしたアーティストは契約が切れると移籍したりフリーになったりするが、俺は仮にブレイクしたとしてもずっとこの会社にいよう、そういう時期が来てそうすることによって俺を見出してくれた社長への恩返しが出来ると思っていたし、ぜひともこの考えを実現させるためにも、まずはブレイクしてこそ、これは効果があるのでそのためにも良い結果を出そうとしてた。このような当初の考えからどうして一転して「この社長がいる会社に利益をもたらしたくない」という全く逆の発想になってしまったのか、その理由が自分ではっきりしてるだけに虚しい。

メジャーの話が来てからはやはりまず最初にコブシャウのメンバーに一部始終報告し、その時のメンバーは全員が両手を上げて喜んでくれたし、かつてのJIVE JUNKのメンバーをはじめ音楽関係の仲間達からも本当にひとかけらの妬みみたいなものもなく「悪魔に魂を売ってしまうのか!」などという(笑)人もなく、もうただひたすら純粋に喜んでくれる人達ばかりだった。もちろんコブシャウの一般のお客さんもである。激励のメールもたくさん届いた。文字通りの「友情出演」でレコーディングに参加してくれたメンバーに対してはせめてCDのクレジットに名前だけでも載せたかったし、アレンジのところには「コブラツイスト&シャウト」の名を載せることが最低限のメンバーへの報いだったし、その他応援してくれてる仲間やお客さんに対しても、まずはデビューしてCDを出す、という行為だけでも意味のあることに思えた。そしてこの多くの人の期待を背負ってる、ということだけがわだかまりとして残ったとき、「一度しかない人生だろ、誰のための人生だよ」というあまりにもありふれてシンプルな考えに行き着いてしまった。やっぱりエゴイストだ。

ここに書き綴ってきた「辞めた理由」をたった一言で表すならばやはり「ハッピーじゃない」ということに尽きるのだろう。このままでは今はもちろんだが、これから先もハッピーになる可能性を感じなくなってしまった。幸福=生きがい=音楽 幸福になるための一つの手段がメジャーの世界かとは今でも思う。音楽をフルタイムで持続してやっていくためにメジャーという考えは確かにある。しかしメジャーの世界にいることだけで幸福だとは絶対に思わない。音楽をやるためにメジャーになるのか、メジャーになるために音楽をやるのか、この違いはあまりにも大きい。

俺のデビューシングルの流通を担う某有名親会社への新人紹介プレゼンテーションの二日前、トラックダウンとマスタリング、そしてジャケット入稿も直後に控えていたその時、俺は決意を固め社長に報告した。親会社への発売発表をした後で俺が辞めたとなればこの会社の信用は丸潰れとなるし、トラックダウンとマスタリング等の作業に関してはそれらの作業は初めての外注となり、初めてコストが発生する。これらをやった後に俺が辞めた場合やはりかなりの損害が会社に及ぶことになる。会社に損害が及ばないように配慮して辞めた、なんて言えばそれは嘘になる。自分自身のために、この会社に汚点など残したくなかった。それだけだ。

そもそも未だに契約を交わしていなかった。この会社はデビューCDリリース直前にアーティストと契約を交わすことになっていて当初は何故そこまで引っ張るのか(まぁ薄々気がついてはいたが)と思ったものだが、これも今となっては跡を濁さず去るということに役立った。俺がこのレコード会社に所属していたという経歴は一切なかったことになる。

かくして俺が社長にこの会社を辞める(契約してないのに辞めるという表現も適切じゃないが、)と言った時、社長から出た言葉は「賠償金を払え」ということだった。俺の外注コストは正真正銘ゼロだったが、社長の言い分は違った。今までに俺に対してかけた時間や自社スタジオ使用時間を金額に換算すると相当な金額になるんだ、ということを言ってきた。今すぐここで誓約書を書いていけ!とまくし立てられた。「そうじゃなきゃオマエの家や塾の方でも何でもこっちから行くことになるし、こっちだってヤクザみたいに脅したりしたくないんだから」と、「脅し」てきた。所詮はこういう人間だったのだ。俺は怒りよりもこういう人間に人生を捧げなくて本当に良かった、と自分の判断が確信に変わったことに妙なことだが安心した気持ちになった。

いや、でも安心ばかりしてる場合でもないようだ。まず、どうであれ少なくとも金額がはっきり書かれた明細書を提示してこない限り、こっちで誓約書など書けるはずがない。近くにいた幹部の女性に「おじゃ丸くんってさっきから金額のことばっかりきいてるよね」と嫌みを言われたり、社長は「金額だって別にオマエが払えない額じゃないんだ」というだけで具体的な数字がでてこない。それを出すにも時間がかかるだろうから、それを見てからにさせてほしいと言っても「これは人間としての誠意の問題なんだ、とにかくまずは誓約書を書け!」などと言ってくる。「誠意」という崇高な言葉を社長が使うと本当に吐き気がしてくる。このような押し問答が続く中、なんとかして後日明細は送ってくるということでその日は決着がついた。そして後日になって明細書が送られてくるでなく、また電話があった。同じことの繰り返しになった。こっちはとにかく文書で送ってほしいという旨をひたすら繰り返してるうちに結局この話は無くなった。法的には何の効力ももたないこの支払いで、文書として証拠を残すと確実に会社側は不利になるということは社長も気付いてないはずはなかった。やりとりの中で社長は「今までにもこういうケースは何度かあったけどちゃんと穏便にすませてきたんだから」と言ってたが、いわれのない賠償金を支払った側にしてみれば穏便でもなんでもないだろう。それでも払わざるを得ないと思って払ったかつてのアーティスト達に俺は深刻に同情する。この件では俺なりのケジメはつけたつもりだった。これがもし外注コストはもちろん、美容室代、衣装代、交通費、食費、レコーディングに参加したメンバーへのギャラ等のコストを会社が一円でも出していたり、またはこれまでに一円でも俺が会社から報酬を受けたりしていたならば話は別だが、そうではない故、会社に対して金額にかかわらず心情的にも支払うつもりはなかった。

以前、社長が俺に「今の若い奴は忍耐力がまるでない。新入社員もすぐに辞めていく」とコボしていたことがあったが、その数のあまりの多さを冷静に考えてみて、どうして自分のやり方に問題があるのではないか?ということを考えてみないのだろう。アーティストも社員も(二人の幹部は除く)誰も明るい気持ちでいられないこの会社を経営してる社長はそもそもハッピーなのだろうか、今となっては訊いてみたい。

俺の芸名の表記は「 O-ja丸 」でいくということでその意味はまた今度教える、と言われていたが結局それは聞けないままである。そして勿論これからも一生謎のままだし、少なくとも「 O-ja丸  」の表記で俺が音楽界に出ていくことは永久に無い。


« ~第三章・・・核~ | トップページ | ~第五章・・・変化する幸福~ »