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~第一章・・・つづきが残ってる~

 今年の3月、当初考えていたこと・・・あまり根拠はないのだが、33歳が終了することをもって、つまり34歳になる二千一年 三月十一日 をもって、音楽を職業にしようという考え、俗に言う「メジャー志向」というのをやめよう。ということ。いくつかのレコード会社をピックアップし、デモテープを出して、何の反応もなかったらスパっと「メジャー志向」はやめよう(音楽をやめるという意味じゃなく)と思った。そして反応は・・・あった。

一月に某インディーズレーベルからデモテープ審査通過の知らせが入る。面接&実技審査のため中野にあるスタジオに出向く。五人ずついっせいに面接をするのだが、とにかくそこに来た人はみんな超素人ばかりということにまず驚いた。審査員はそのレーベルの代表とプロデューサーとディレクターと呼ばれる人達である。進行係の人が「各それぞれ一分間の実演をしてください」と言い、まず最初に十代と思われる女の子が「ミッフィーの物マネをします!」と言って、「ミッフィィィ!ミッフィィィ~!」とただ言っただけ。そのあとやはり女の子「松田聖子の物マネします。」次の女性はなかなかな歌唱力で、S・ワンダーの曲をアカペラで歌う。そしてその次、「私は体が柔らかいので前屈をします。」おいおい、ここはアイドルやタレントじゃなくてCDリリースが目的のインディーズレーベルだよな、と思っていたら次は男性で、「僕も歌はあまり得意じゃないんで前屈をします」と。そんなみんなで前屈してどうする(笑)って感じで気を取り直して俺は自作の曲を弾き語った。プロデューサーと呼ばれる人が「なかなかノリがいいねぇ、君、そういうギター(ギタープレイのことじゃなく、あくまで楽器としてのという意味で俺のギターを指差し、)弾いてるってことはブルースとか出来る?例えばさ、ゲイトマウスブラウンとか出来る?」と訊いてきた。だいたいこの質問の真意がまずわからない。俺はブルースは大好きだが、デモテープでも今の実演でもブルースっぽい曲をやったわけでもなければ、ブルースをやっていきたいと言った覚えも無い。そのプロデューサーが俺の歌と演奏を聞いてブルースに向いてると思ったとは到底思えなかったし、とにかく漂うインチキ臭いオーラ。ゲイトマウスブラウンの名前を出すことに何の意味があるんだろう、脈絡なく渋いところをついてくるあたりがまずインチキ臭い。俺には今ここにいる人達にそのプロデューサーが自らの音楽通な部分をひけらかそうとしてるとしか思えなかった。コブシャウ今世紀初ライブの前日の出来事だっただろうか、とっとと俺はコブシャウの練習に行きたかった。

かくして3,4日後そこのレーベルから、ぜひともうちでやってほしいという電話が来て、さらに契約になると思うので印鑑を持ってくるようにとも言われた。カッコつけてるわけでも何でもなく、全く嬉しくなかった。最終面接には一応行ったが当然判も押さなかった。その最終面接でそこの代表と話をする中で、別に悪い人ではなかったが、やはり音楽的に尊敬出来ない人のもとでCDを出したくはなかった。

ちょうどその頃、俺は「OVER 30」という曲を作っててその歌の最後の一節「つづきが残ってる」という言葉が何度も頭の中でリフレインしていた。この言葉をこれからの第二の人生(?!)の結論にしようと思った。音楽を職業にすることは辞め、自由にのんびり音楽をやっていこうという意味での「つづきが残ってる」ということ。これは妥協ではなく、静かな暮らし(!?)の中での幸せへのあこがれのようなものがここ近年メキメキと自分の中で生まれてきていたし、そう決心した瞬間にとても清々しい気分になった。今後の自分をどうしようか、まずは少しコブシャウの活動もお休みするのがいいか、俺が二年位海外に(これも選択肢のひとつだった)行くって言ったらメンバーはどう思うか、などなど。具体的な方針を決定するというより、具体的な方針を決定することを決定した。そして34の誕生日を迎えた。

気持ちの整理をつけたばかりの忘れもしない三月二十一日の夜、突然、大きな波が来た。というより、思えばこの日より嵐にのみこまれることになる。


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