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~第三章・・・核~

ここからの部分をまず最初に書けばよかったのだが、なにより今自分を少しクールダウンさせないことには、正確に言い表す自信がなかった。今でもまだ冷静になりきってはいないが、書いていくなかで少しは整理されていく気もするし、そのために書いているようなものだ。とにかく書き始めてみよう。

俺がこの会社に通っていたときの具体的な一日の内容を述べよう。まず音楽的な作業について。これは先にも少し触れたと思うが、別の例をもうひとつ。例えばヴォーカルラインの裏メロのコーラスのライン(歌詞付でハモるのではなく、アーとか、ウーとかの4声でハモってるもの)を入れようということになって、そのフレーズを数パターン考え、2Fで録音し、MDに落としたものを社長に聴いてもらうために1Fに持っていく。すると社長はだいたい誰かと電話してたり、別のアーティストに説教してたりする。この間、ひたすら待ってることになる。時間にして優に一時間はあたりまえで2,3時間待つこともしばしばある。そしてようやく聴いてもらう時間が出来ると、その間、時間にして一分位。そして「もうあと5つ考えろ」とか言われることになり、ここですぐにまた作業に入れるならいいほうで、だいたいはそこから説教に発展していき、その間に、電話が入ったりするとそこでまた一時間とかを、ただそこで立って待ってることになる。電話が終わるとまた説教は続き、やがて「今から30分以内にフレーズ考えて録音してこい」と言われ30分後に持っていくとやはり社長は何かをしてて、再び聴いてもらえるまでまた待つことになるのだが、どうであれこっち側は30分以内に作業を終えてなくてはならない。30分とはいえレコーディングで4声全てノーミスだとしても、プレイバックやMDに落とす工程と合わせて、最速でも20分以上かかるので、フレーズ自体を考える時間は10分もない。特にこの時のようにハモりの場合、俺は上でハモるラインは比較的すぐ主旋律をききながら歌えるほうだが、下でハモるラインというのは音をギターなどで確認していく必要があって、このへんで更に時間をとられるため、実際にメロを考える時間というのは、(冗談じゃなく)一分位である。ただ、この短時間のことを嘆いてるわけではない。これら15分の作業またはラインを考える1分の時間の、頭のフル回転たるや、脳ミソがはじけそう(!?)になるが、この行為はかなり自分のためにもなっていたと思う。俺が言いたいのはやはり何時間にも及ぶ待ち時間のことだ。もちろん、俺のためだけに社長が存在してるわけではないのはあたりまえで社長側にもやらなくてはならないことがあるのも当然なのだが、待っている間、やはりどうしても電話の内容など俺の耳に入ってきてしまい、それがまるで生産的な話ではないのだ。俺が会社にいる時間はだいたい夜11時~朝7時位なので、取引先(?)等の「お客さん」が電話の相手だったことは2回だけだったと記憶している。それはともかく、せめて待ち時間の間も引き続きフレーズを考えたり、何らかの作業をしていたいのだ。ただ休んでるつもりは毛頭無い。社長の手が空いたら2FREC ROOMに内線で呼んでくれさえすればどんなに時間的に効率がいいことか。

こうして結局は朝7:00頃になってワンフレーズの決着もつかないまま、翌日に持ち越しとなる。そして他にももちろん歌詞直しや、全く別の新曲作りなど、ありったけ家でやることになり午後には塾があるので削るべきは当然睡眠時間ということになる。塾はこっちの都合で勝手にやっているのだから、会社に対して塾を言い訳にしたくなかったし、塾に対しても続けてる以上音楽をいいわけにはしたくなかった。そもそもレコード会社での俺の収入はゼロなわけで、唯一リリース半年後に印税が入ってくるだけである。生活のためにも塾は続ける必要があった。

PAさんから聞いた話だが、ここの会社に所属するアーティストで仙台や神戸などのライブハウスに営業をしによく行くバンドがいて、そのバンドは自前の機材車を持っていて、そこにメンバー全員が乗ってその地方に行くまでのガソリン代等の経費は自己負担なのだそうだ。食費や宿泊費も自費だとしたら、確実にそのバンドはまず金銭的に破産すると思うのだが・・・。このバンドもやはり会社から出る給料はもとより、経費もゼロで、印税収入のみなのである。そこのリーダーは俺と同じ年齢でやはり保護者がいるわけでもないので、クリーニング屋でバイトをしてるそうである。1Fの事務所では何度も接触があり、社交辞令的挨拶をする程度だったが、一度2FREC ROOMでバッティングしたことがあって、それは五分くらいの出来事だったのだが、お互いに励ましあい、PAさんも交え語り合えた時はなんだか戦友と出会った感じがして胸がいっぱいになった。

社長はよく、「ここにいるアーティストみんなに均等にチャンスを与えるわけではない。まずはこの中でしっかりポールポジションをとれ、競争なんだ。みんなライバルなんだぞ!」と俺に言ってきたし、所属アーティスト全員にも言ってるらしい。それはその通りだろう。正論だと思う。遊びじゃないんだから。そんなことは俺も他のアーティストもわかっている。しかしもっと大きく、音楽業界全体で考えた場合、やはり同じ家の人間、家族みたいなものであるはずだ。敵視することはやっぱり出来ない。お人よしとか奇麗事じゃなくて・・・。あの時の5分くらいの対話の中で、「俺、今、点滴打ちながらやってるんすよ。」と言ったリーダーのいるあのバンドを俺は今ももちろん心から応援してるし、そしてこのバンドとPAさんが少なくともまだこの会社にいる間はこの会社の名前を出すつもりはない。

他にアーティストとしての外見上のことについて述べよう。ここの会社にはメイクさんやスタイリストさんがいるわけではないので、服装や髪型を決めるときにまず、ファッション雑誌やヘアカタログの切り抜きなどで社長にプレゼンし、その中からだいたいのコンセプトを決めていくことになっている。雑誌にあまりピンとくるものがなく、俺は(ポリス時代、シンクロニシティーの頃の)スティングやレニークラビッツなどのジャケット写真を持っていった。すると社長曰く、写真だけじゃなく、ヘアースタイルであれば実際に美容室に行ってその通りにセットしてこい、とのことだった。翌日、早速美容室に行って、スティングの写真を持っていき(笑)、セットしてもらい社長に見せると、まだ写真通りではないから翌日また行ってこい、ということでこのようなやりとりが3回続いた。生まれてこの方三日連続で美容室に行ったのは初めてである(そりゃそうか)。特に美容室二日目、これまでの疲労がたたったのか、髪を金髪に染めてる最中に突然、目の前が真っ暗になり、冷や汗が流れ出してきて、つまりは貧血なんだが、少しの間シャンプー台の椅子で寝かせてもらった、ということもこれから先二度とないだろう。三日目の美容室では完璧に覚えられていて、「昨日は大丈夫でしたか?」と物凄く深刻に心配してもらったりした。

もういうまでもないが、この三回の美容室の代金、洋服を買う代金は自己負担である。金はまぁともかく、なにより時間の代償が大きい。音楽的創作活動も同時進行でなくなるわけもないので、結局、睡眠時間が例えばこの三日間はそれぞれ一日一時間半だった。洋服を見せるにしても何種類も持っていって、実際に着てみて社長の目の前でプレゼンする。会議室で社長が社員となにか話してる横にちょっとしたしきりを設けて、そこで何度も着替える。着替えの最中に社長の話し声が漏れてくる。「うちは利益率90%だから」というような内容だった。そりゃそうでしょう、経費ゼロなんだから、と俺は思いつつも、着替え終わると見せる、を何度か繰り返した。

話は前後してしまうが二回目の美容室に行って再び社長のダメだしが出た日(つまり貧血になった日)、「明日もう一度美容室に行って5時に来い」と言われたことがあって、俺は「明日は塾のほうで7時から授業が入っているので5時半にはいったんここを出なくてはなりませんが大丈夫でしょうか?」と尋ねたところ、「作業が遅れてるのはオマエの責任なんだぞ!何いってんだ」と一蹴された。そして、「これから塾のことは少し(辞める方向で)考えたほうがいいぞ」とも言ってきた。もちろん物理的に両立が不可能なのであれば、会社にも塾にも迷惑をかけるので、そういうことも考えなければならない日がくるかもしれないが、まだ両立が不可能な状況だとは思えなかったし(肉体的にはかなり厳しかったが)、なにより当初、塾はしばらく続けていい、と言ってくれたのは社長だったわけだし、前日までに明日の予定が決まらないことは年に1、2度しかないと言っていたはずだ。それともこの日が年に一度の超重要日だというのだろうか。それを言われたのが夜というか朝の4時頃だったので塾の社員が来る昼一番に電話をし、状況を包み隠さず正直に説明し、授業も振り替えという形にしてもらった。そしてこの日、約束通りに午後5時に会社に行くも、社長が来たのが6:30過ぎで、来たのは良いがすぐ別のミーティングに入ってしまい、ようやく俺に取り合ってくれたのが夜の10時、結果論かもしれないが、塾を休む必要はなにもなかったのである。この件について何も言及しなかった社長に、俺はいいが、俺の現状を理解してくれて応援もしてくれてる塾(生徒も含む)が馬鹿にされてる気分がして腹がたった。

他にもCDジャケットに関してだが、外見上のコンセプトがなかなか決まらず、このままだと写真も間に合わないので「イラストなりデザインなりの案も考えてこい。明日まで!」と言われ、何かの写真だと肖像権、著作権の問題がからんでくるので、やはりオリジナルのイラストやグラフィックということになる。そういえば確かにこの会社から出ているアーティストのCDのジャケットはイラストが多いなぁと、この時気がついた。会社にはやっぱりというか、デザイナーさんがいるわけでもないので、アーティスト本人やバンドのメンバーが実際に自分で描いてることが多かった。俺は本当に自慢じゃないが、この手のセンスは全くといっていいほど無く、ひたすら考え込んでしまったが、考えたところで例えば「小さな悪魔がガッツポーズしてる」というアイディア(これもかなりベタだが)が浮かんだとしても、それを表現する画力が俺には無い。少なくとも一日というか半日では絶対に無理だ、ということで結局また知人友人を頼らざるをえず、コブシャウのドラマーかつデザイン担当(!?)の、おなじみ時さん(「コブラの快楽」のジャケットは彼の作)と美大出身のユカちゃん(コブシャウにたま~にコーラス参加してくれる歌姫)に概要を説明し、協力してもらうことになった。

しかし、その日はそれぞれに日中は仕事があるので作業に入るのは帰宅してからの僅かな時間である。夜11時に俺は会社に行くことになって、逆算すると9:30には俺の手元になければならず、この2名はこの時、締め切りに迫られる超売れっ子デザイナーの如き切迫感にかられながらも、とにかくバッチリと提出してくれた。「握りコブシ」の絵や「小悪魔」など数枚の原画を手にして、それを見てたら何だかありがたくて少し泣きそうになった。俺はこれら「超重要書類」を持って会社に向かった。

もちろんこれらのどれも採用にならない可能性はあるわけだし、これから全国に出回る商品として、厳しい目で判断されることは当然だし、この旨は2人にもあらかじめ言っておいた。しかし俺が社長に手渡そうとすると、社長は「明日、暇な時にでも見るからその辺に置いとけ」と言ってきた。いつもそうだが、明日までに、とか一時間以内に、とか十五分以内にとか、とにかく「至急!」というのが社長の口癖である。しかしどうであれ、言われた側はその締め切りを守るというのが、この世界のルールだと思っていたし、今回も「明日まで」と言った夕べの社長の期日をこっちは厳守した。時さん曰く「あと2,3時間でもあれば・・・」と漏らしていた中で。確かに社長としてはこの半日のうちに起こったこの数枚が出来上がるまでの顛末を知らないのはわかっているが、社長の机の上に無造作に置かれたこれら数枚の原画を見てたら俺は猛烈に頭にきた。「今日はもう帰ります」といい、初めて社長に反抗的な態度をとった俺は、会社をあとにし、この時、俺の中に「この会社にいる意味はあるんだろうか?」という考えが本格的に浮かんだことを今でもはっきり覚えている。演奏に参加してくれたメンバーしかり、さっきの塾の話でもそうだが、俺の現状はかなり多くの協力者のもとで成り立っている。自分一人ではどうすることも出来ない事が多いからこそ、俺はこれらの協力者を徹底的に信頼し、彼ら(彼女ら)に被害が及ぶようなことがある場合はもちろんだが、本人たちがその場にいない時の被害(陰口など)にしても徹底的に抗戦する。今回、実際に彼(彼女)が攻撃されたわけではないことはわかっている。本人たちにもそういう意識はないだろうし、俺が腹を立てる筋合いはないのかもしれないが、とにかく猛烈に腹が立ったのである。これは「仲間を大事に」とかいう美談というより、俺がエゴイストである故の気持ちに近いような気がする。というのは、さっき「協力」という言葉を使ったが、それがなくてもなんとか自分で出来ることを「協力」されてそのサービスに感謝してるというよりも、それが無くなったら成り立たないものを「受けて」いるわけだから、それらを含めて自分なのだ。一心同体なのだ。だからこれらのことにだまっていたら自分自身がダメになる。そういうエゴイスティックな、自己保身ともいえる発想だったのかもしれない。とにかくその時は抑えが効かないほど腹が立った。

思えば先程述べた「この会社にいる意味はあるのだろうか」というこの疑問は俺の中ではずっと愚問であるはずだった。「ここでやってみないか?」という誘いに「やってみたいです」と答えたのは俺だし、俺の音楽を認めてくれた社長には何があってもついていこう!という意志もあり、これからは音楽が「仕事」になるということは百も承知だった。この会社にいる意味も何も、やるしかないと思っていた。時折訪れる矛盾、葛藤などは浮かんでもすぐ消すようにしてきた。それに例えば肉体的な辛さなどは中学、高校のサッカー部にいた時のほうが(若さを考えた上でも)やはり辛かったし、理不尽な扱われ方なども一般社会人ともなれば、受け入れなくてはならないわけだし、何より俺は好きな「音楽」をやっているのだ。こう考えると何も問題はなさそうなのだが、だんだんとこの「音楽をやっている」という感覚がまず薄まってきたのである。

例えば楽曲に関する課題が出てやったものを社長に聴いて貰うにしても、はたまたヘアースタイル、服装、その他諸々の件で社長と接触を持つ際にはまず夜の十時までに電話で社長に「いついつの何時に場を設けていただけないでしょうか?」という連絡を入れてアポをとってから全てが始まる。こう書くと何も問題が無いように聞こえるかもしれない。況してや時間をこっちで指定するなんて、とてもアーティスト主導型だと感じるかもしれない。ところが、これが実は全く合理性に欠ける仕組みになっていて、今でも最大の疑問の一つなのである。

まず、夜の十時までに電話ということだが、社長がその場にいて、しかも何の作業もしてないタイミングで直接社長本人に言わなければならないのだ。伝言は通用しない。社長の手が空いた時に折り返しかけてもらうことは出来ず、ひたすらタイミング良く、社長本人がつかまるまでこっちからかけ続けなければならない。社長の出社時間というのは、早くても夕方の5時位で5時から9時過ぎまでは俺はほぼ完全に塾タイムなので、塾終了後一時間弱が勝負となる。9時半頃塾を出て、11時にだいたい会社に行くので電話をするのはその移動中ということになる。ここで気付いてもらえると思うが、摩訶不思議なことに結局のところ俺は11時に会社にいて(ほぼ毎日)、そこに社長もいるのだが、用件を直接言うことは10時を過ぎたならば、認められない。さらに先程の「電話で今後の予定について日時などをこっちで指定する」ということに関してだが、例えばこっちで「明後日の17時でどうでしょうか?」と言ったところでだいたいが「ダメ」と一言返ってくるだけで、そしてどんどんこっちで選択肢を増やしていって結局は社長の言う時間に落ち着く。何故最初から空いてるところを教えてくれないのか不思議でならず、一度たまらず、「社長のスケジュールに合わせますので指定してください」と言ったことがあって、するとその時の社長は「こっちでスケジュールを組むのはすごい面倒くさいことなんだ、とにかく言われたとおりにまずはそっちから予定を組んで出せ!俺はオマエのマネージャーじゃないんだぞ!」と何やら目の色変えて怒ってきたことがあった。以前にきっと何かのトラブルがあったのだろうと思われるが、どんなトラブルかわからないし、それより何より俺にはこのシステムがわからない。他の所属アーティストにしても同じくこの要領でスケジュールが決まっていくので、スケジュール組ひとつですごい時間をとられることになり、それぞれが社長めがけて電話をかけまくることになり、どんどん社長を捕まえるのが困難な状態になっていく。このように何をするんでもアポをとる必要があり、そういう電話に社長自身が追われ、さらに社長は「猛烈に忙しいんだからあんまり時間とらせんな俺に!」という内容の説教がまた30分以上とか続き、その間に電話をかけてきた別のアーティストはその時はつかまらないということになり、ひたすらまた根気よくかけ続ける、とまぁこの謎めいた習慣はいったいいつから始まったことなのだろう。こんなわけで曲直し、歌詞直し、外見上のファッションからなにから全てこういった電話でのアポから始まることになり、各作業の工程に常に相当なタイムラグが生まれ、様様なことがどんどん遅れをとるようになる。肝心な楽曲作りやレコーディングに費やせる時間がどんどん削られていく。

ある日、アルバムに収録する曲のことについて痺れを切らした俺は社長に訊いてみた。すると社長は以前に俺が渡した79曲分のカセットテープを取り出し「まずはオマエが選んでこい」と言って全て返してきた。結局社長はこれらの音源をほとんど聴いていなかったことが明らかになり、あの時の編集作業は何だったのかと思いつつもアルバム曲のセレクトは自分にとっても生命線だと思っているので、今一度、自分がこれまでに作ってきた作品をとことん客観視してさらなる凝縮の選曲に入った。選曲作業を終え出来上がった音源を社長に聴いてもらうまでのアポとりの時点でまたかなりの時間的ロスがあったことはいうまでもない。会社にいる時間だけは膨大で実質的に音楽に関わっている時間はとても短く、社長の説教が多くの時間を占めるという毎日が繰り返す。

ここに何度か「社長の説教」というフレーズを使ってきてるが、「説教」という言葉は少し綺麗すぎるかもしれない。会社のため、アーティストのため、売れるためへの「preach」なのであればもちろんしっかり耳を傾ける。しかし社長のそれは人間性をも欠く態度と言葉で人を陥れ侮蔑し中傷するといったことがしばしば含まれる。自分のところのアーティストに対し逆境に耐える力を植え付けるべく敢えて苦言を呈すというような種類ではないということは、直接その場で体感した人でなければわかるまい。人にはあらゆる間柄(家族・親友・恋人も)を超えて言ってはいけない禁句というものがある。それを言っちゃおしまいだろうという禁じ手の語句(禁句)がある。それらの語句と呼ばれるようなものを一度ならず浴びせられた俺は、社長とは人間的なところから完全に離れてしまった。この禁句の具体的な内容はここには書かないし書きたくもない。だいたいこのようなことを言う社長はいったい何のために俺をこの会社に誘ったのだろう。アーティストは会社の商品、それでいいと思うし、事実商品なのだと思う。この会社のスタッフで俺の本名を知ってる人はおそらくいないだろう。電話をするにしても「おじゃ丸」と言わなければ通じないし、俺のプライベートな事など知る由も無い。それでいい、いやそのほうがいい。むしろその意味では商品であり続けたい。しかし、一般企業にしてもそうだが、「商品」というものは会社の中ではとても大切な物であるはずだ。商品を無理矢理壊そうとする会社があるわけがない。自分の首をしめてるだけなわけだし。おそらくこの会社はアーティストを壊そうという意識は無いのだろう。殴られたり蹴られたりしたことは俺もないわけだし。でもこの会社の商品はアーティストという人間である以上、精神的な暴力にこそ脆いものだと思う。商品を健全な状態に維持するということもビジネスの上では大切なことではないだろうか。

もちろん、アーティスト側が好き勝手やっていいわけもない。どんなに売れて商品価値の高いアーティストになっても、社長やプロデューサーにはもちろんだが、それよりも会社にいる末端の社員に横柄な態度をとったりすることは愚の骨頂で、美意識の無いカッコ悪いことだと思う。そして何も俺は会社はアーティストに対して敬意を払えというつもりもない。この会社にかつて所属していたアーティストのうち二組を除いて今まで何十組もいた全てのアーティストが二年以内、一年とちょっとで辞めていくという実情(会社からの契約解除ではなくアーティスト側から辞めるということ)が様様なことを物語っていると思う。好きな「音楽」を仕事にするチャンスをやっとの思いで手に入れた人間がそれを手放すという決断は辛抱が足りないとかの次元ではない。この会社からデビューし、スマッシュヒットも放ち、名前も知れ渡った某アーティストが二年でやはり辞めてしまい、今はインディーズで活動していて、そのアーティストの今のホームページや当時のファンクラブのホームページで本人のコメントを読んだことがあるが、さすがに有名になってしまっただけに不特定多数の人達が検索するHPのためか核心部には触れられておらず、メジャーを志す人にはもちろん、一般の人もあれを見た場合、「何を甘いこと言ってんだ」って思われてしまうかもなぁなんて、心配(?)もしてしまうが、俺は今、彼らの痛々しいまでの本当の気持ちをわかっているつもりだ。わかってるつもりだ、などと既にブレイクした人に対してブレイクはおろかデビューもしてない俺が共感するのもおこがましいが・・・。


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