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~第二章・・・経緯と実態~

3月21日の夜、某メジャーレコード会社(名前はふせておく。というのもそこで働いてる一部の、本当にごく一部の誠実な人達のために、そしてまだ今もそこに所属してるアーティスト仲間の今後のために。)の社長、兼プロデューサーから直々に電話がきた。俺の送ったデモテープを聞いたということと、なるべく早いうちに実際に会いたいということだった。今度は正真正銘のメジャーレーベルからである。しかもプロデューサー自ら電話をかけてきたのだ。早速、翌日の夕方にそこのレコード会社を訪問することになった。約束の時間にそのレコード会社(以下会社)に着き、待たされること二時間、その人(以下社長と呼ぶ)は現れた。

社長の第一印象は、とにかくよくしゃべる人だなぁということ。手短に・・・と本人が最初に言いつつも気づけばあっという間に三時間がたっていた。今思えば、ウットリするようなこともたくさん言ってたなぁと思う。ただ、やはり十代とかの若者に話してきかせるような、(良く言えば丁寧な、)長すぎる説明、簡単に理解できる話も具体例を二つも三つも添えて話すのでどんどん話が長くなっていくなぁ、とは思った。 

ちなみにこのレコード会社はメジャーレーベルの中では会社の規模や社員の数も驚くほどにコンパクトだということはすぐに見て取れた。でもこの時点では、だからこそ魅力を感じた。「少数精鋭」という言葉が俺は好きだし、これはあくまで想像上のことでしかないが、大きなレコード会社というのは、一般の大企業にしてもそうだが、創造段階からリリースまでの間に無数の企画会議等が行われ、足踏み状態が続き、だんだん本来の作品の形がなくなっていってしまう、もちろんそれによって作品が洗練され、さらにクオリティーが高まるというのであればそれも良いのだが、こと楽曲というものはそれを作ろうと思ったときの初期衝動が本当に大切なのだと確信してる自分にとっては、リリースまでの工程になるべく余計なものが噛まないほうが良い物が生まれると思っていたし、特に音楽に無知な人の手を通らねばならない状況があるとすればなおさらだ。こういう点を思えばこの会社はとにかく、この社長とのやりとりが全てで、なおかつ社長自身ミュージシャンで一時代を築いた人だ、というのがとても嬉しかった。これは後に両刃の剣だということに気づくことになるのだが・・・。

さて、そんなわけで初対面の日「もう他のプロダクションやレコード会社にはデモテープとか送ったりしないで。」という社長の言葉を最後にその日は帰った。そして二日後位だったか、社長から電話があり「早速具体的なことをどんどん決めていかなきゃならないので、明日来れるか?」ということと、更に今までに作った曲をなるべく全部音源として持ってくるように言われた。翌日会社にいくことに関しては体は空いてたが、この今までのレパートリーを全て音源にするという作業には少し無理があった。俺がこの21年間に作った曲は174曲。ただしそのうちの半分近くは中学、高校時代に作った曲で、どう考えても使い物にならない曲だということは自分が一番よくわかっていた。社長がいうには「それはおまえが決めることじゃない」とのことだったが、それにしてもあまりにもCD化に耐えられない未熟な曲も多く、結局は大学以降JIVE JUNKとコブシャウのナンバーを中心とした79曲に絞ることにした。79曲にしたとはいえ、これらの編集はなかなか大変でビデオにしかない音源などもあり、悪戦苦闘の末、何とか全てカセットテープにおとすことが出来た。それを提出したとき、社長に「MD買え!」と怒られてしまったが確かにこれら79曲を早送りや巻き戻し、特に頭出しなどする場合、大変な労力がかかるよなぁと聴く側のことを考えた場合、大変申し訳なく思ってしまい、翌日すぐにMDを購入した。

2回目の打ち合わせで「7月25日 シングル・アルバム同時発売」という話が出たのには本当に驚いた。リリースが早いのは嬉しい限りだが、いかんせん早すぎる、あと三ヶ月だ!シングルだけならまだしもアルバムもというのは俄かには信じられなかった。そしてこれだけは社長に言っておかなくては、と思ったことが、自分は譜面が全く読めないことと、ギター以外にまともに演奏出来る楽器がないこと、宅録・打ち込みの知識が全く無いということである。アレンジはもちろんやるが、それはイントロ、ブリッジ、エンディング、軸となるフレーズ(リフ等)のことであって、細かいベースラインやギターソロなどはバンドのメンバーに任せてきた、ということをはっきりと伝えた。

宅録技術の必要性を社長に説かれ、これには俺も納得して、これからは身に付けなければと思った。しかし今まで身に付けていなかったことに関しては全く後悔はしてないというか、今までは頭の中で鳴ってるフレーズを口で全てメンバーに伝え、メンバーがそれを具現化してくれたし、そういうものをマスターする分、さらに曲を作りたいということはもちろん、その分、本を読んだり、映画を見たり、はたまた単にボケーっとしたりすることのほうが、創作活動においても重要なことと考えていたし、それによって今日の自分(ミュージシャンとしてのという意味においても)があると思っているから。しかしこれからはメンバーのように以心伝心というわけにもいかないだろうし、少なくとも曲のニュアンスを社長に伝える新曲のデモテープ作りにはリズムマシンの打ち込みなどマスターしなければ、と生まれて初めて思った。

そして更に社長に宿題を出された。四日後までに新曲を30曲作ってこい、ということ。三日後にコブシャウのライヴ(このライヴをもってしばし活動停止にしなければならなくなった)もあり、スッキリした気分でライヴをやりたかったので四日ではなく、二日で30曲作るというノルマを自分に課した。こんなに短時間で曲を量産することは生まれて初めてだったが、辛くもあり楽しいことでもあった。

ちなみに塾の方も続けていいと言われ、とても助かったと思った。というのもプロダクションに所属せずにレコード会社にだけ所属してる場合、収入源はまさに印税のみとなる、そして印税というものはリリースしてから半年後にならないと入ってこないからだ。まずもって俺はそもそもプロダクションとレコード会社の関係というものを少し誤解してた。これまで自分で勝手にイメージしてたことはプロダクションに入ってもレコード会社がOKしなければ、CD化はされないということはあれど(そしてこれは事実だが)逆にレコード会社が決定しているならば、自動的にとはいわないまでもプロダクションへの所属も比較的容易なことで、なんとなく プロダクションレコード会社 という不等式を勝手に作り上げてしまっていたのだなぁと思った。しかし一方で、このレコード会社に限り直属のプロダクションがあるし、というか所在地も社長も同じというところだけに、俺はここのプロダクションに所属するものだと思い込んでいた。しかしどうやらそうじゃなく俺はレコード会社だけでスタートするらしい。そんなわけもあって塾を辞めるわけにもいかないし、まぁそもそも塾を辞めたいと思ったことはないわけで、塾を続けていいという言葉はともかく嬉しかった。もちろんこれは裏を返すとそれだけ収入は無いぞ!と言われてることにもなるわけでいつまでも塾との両立が物理的に十分に可能だということは、イコール、ブレイクしてないということなので、素直に喜んでる場合でもないが、まぁ両方が中途半端になることだけは避けなければと思った。社長いわくこれから当日にいきなり予定が入ることは年に一度あるかないかで、せめて前日までには予定は出てるとのことだった。こうしてさしあたって塾も続けたままの音楽活動が続くこととなった。塾というものは基本的に勤務時間は夜なのだが、それに輪をかけての夜型というか深夜型、あるいは超朝型(?)の音楽活動となった。というのも社長の出社がだいたい夕方五時過ぎでそこの会社の一般業務が終わった十時過ぎ位に当面の自分が今やるべきレコーディングをやることになった。

ところで会社に行かないときはこれは俺だけじゃなく他の所属アーティストもそうなのだが、決まり事として電話を必ずアーティスト側からかけるということがあった。こっち側に用がある場合はもちろん、向こう側の用件の時もそうなので、どういう用件かわからないまままずは電話して、その時に社長が何かしてたり取り込んでたりする場合は、またこっちからかけ直さなければならなかった。社長の手が空くタイミングまで何度も何度もである。出先にいるときなどは、別に何時にという指定もないので少し落ち着いた場所からかけようなどと思ってる時に限って何故か社長の方からかかってきて「もっと何度も何度もつながるまでかけてこい、つながるまでかけ続けろ、こっちからかけたりなんかしないぞ、俺は社長なんだからな!」(ちなみにこのセリフはかなり一字一句同じでこう言った)と怒られたりする。そしてこの電話で用件を言ってくれるでもなくこのような説教だけで、「じゃあまたかけてこい」と言って切られる。とにかく社長の方からは電話をかけたりするもんじゃないという考えからなのだろうが、能率が悪いことこの上ない。会社側にしても電話代がかかんないというメリットだけはあるかもしれないが、こちらから闇雲に電話するということはそこの会社の社員はその都度電話に出ることでその間仕事の手が止まるということにもなるし、これは誰のためにもなってない。ここの会社は社員もアーティストも含めどんな些細なことも社長の許可を必要とするため色んな種類の話が社長ただ一人に集中する。これでもし社長がそれらの優先順位事項を瞬時に見極めスムーズに処理する手腕の持ち主であれば良いのだが、残念ながらそうではなく、例えば凝縮すれば2・3分で済む話もやがては説教へと発展していきすぐに3・40分の時間がたっている。そしてその間他の人はひたすら待たされることになる。それにしても、とにかくよく怒る社長だ。怒るということはとてもパワーを使うことで、あれだけいつも怒ったり文句言ったりしてて疲れないのだろうかと不思議にも思う。トップに立つ人間として厳しさは絶対に必要だと思うが、どんな時もあまりに高圧的に話すのでそこにいる社員などは完全に萎縮してしまって、会社内に笑顔が無い。昔、俺が六本木のレストランでアルバイトしてた時の和食の板前さんの手伝いをした時の空気に近いものがあるが、なによりここの会社は音楽の会社なのだ。遊びとは絶対違うが、笑顔も無く暗い顔しながらでは良い物も生まれない。おしなべて、専制とか独裁というものは、とりわけ独創性や創造力の大敵であると思う。ただしここで社長だけが孤立してるのかといえばそうではなく、社長が「助さんと格さん」と呼ぶほどの二人の側近(いずれも女性)がいる。このうちの一人はまぁ名実共にNO2だとは思うがもう一人の方がよくない。一見、感じは良く(そしてかなりの美人で年齢もたぶん若い)、営業面や外渉等ではかなり貢献してるものと考えられるが、部下からの信頼はゼロだと断言出来る。というのも俺は社員のいるデスクのあたりで社長が来るのを待っていることが多く(来るように言われた時間から2,3時間待たされることはもはやあたりまえとなっている)、その間に一般業務をしている社員同士の人間模様をしばしば見てきたのだ。そしてこの女性が部下に対して(部下も女性、ここの社員はなぜか女性ばっかり)してることとか俺は目の当たりにしてきた。ここではいちいち書かないが「心無い振る舞い」とだけ言っておこう。いや、でも俺が直接関わったことなら書いても良いだろうから書くと、一度俺は前の日の夜社長に明日は五時に来いと言われ、歌入れの真っ最中だったし、歌入れをするのだというのは百も承知だったが、いかんせんPAオペレーターの人(以下PAさん)は社長の指示がなければ作業を始めてはいけないことになっていて、PAさんが俺に「やってろって言われてないよね?」と訊いてきて、俺も「はい、五時に来るように言われただけですが、とりあえず歌入れしておきます?」とは言ってはみたもののやはりもう少し待とうということになり、俺は詞の直しなどをしていた。そして一時間がたち社長から電話が来た。電話に出たのがその女性だった。社長はおそらく「おじゃ丸は歌入れしてるか?」とか言ったのだろう、その女性はあからさまに受話器の向こうの社長にも聞こえるような大きな声で「おじゃ丸くんと○○くん(PAさん)はかれこれ一時間もボーっとそこで二人で座ってただけだったの?」と言ってきた。PAさんにしてみれば当然すぐにでも始めたかったはずで(ちなみにPAさんはアルバイト扱いでありながら時給制でもないので)それを不本意ながら待つしかなかったのである。それをその女性は何が狙いでそんなことを言ったのか。そのすぐ後、俺とPAさんはRECルームに入ったが、さすがにPAさんは怒ってた。社長はきっとその言葉通り二人がボーっとしてた、ととらえるだろうし、これでこっちが逆に見切り発車してレコーディングを始めてたら「勝手に始めんな!」って怒ったりするんですよね、とか言って二人で笑ったりもしてたが、ともかくこういう女性が上司のもとで働く社員の人達は大変だろうなぁと思った。

PAさんという人物が出てきたが、この人がこの会社の中で俺の唯一の理解者であり、心の支えであった。初めてのレコーディングの時、紹介されて会社の2FにあるREC ROOMに入り、そこには基本的に社長も社員も入らないこともあって、最初のPAさんのセリフ「ここに入っちゃえばこっちのもんですから」というのが忘れられない。新たな学校でうまくいってない転校生に偽善でもなんでもなく、味方になってくれる人が出現したかのような、はたまた戦場で負傷したところに現れたナイチンゲールのような(男だけど)貴重な、俺にとってはとても貴重な人だった。そしてREC ROOMはまさにオアシスのような所であった。俺の本分である「音楽」をする場であることに加え、そのような人がそこにいるという意味で。思えば俺はこれまでにかかわってきた一連のPAさんとは常に相性がいいなぁということに気づく。もともとPAをやる人がみんないい人なのか、俺がなかでも良いPAさんに恵まれてきてるのか、たぶん後者なのだろう。フォーバレーの山田さんしかり、堀田さんしかり・・・。

話は前後するが、レコーディングのことを書いておかねばなるまい。まず最初に「ちっちゃいガッツポーズ」と「男の戦い」の2曲のオケを作ることになった。ドラムとベースは打ち込みになるということでガッカリしたが、(まぁそれ以前にここREC ROOMにはドラムセットもなければ、ドラムを叩く場所もないのだ)ギターとキーボードとサックスをバンドのメンバーに協力してもらえ、と社長に言われ俺はやはり内心メチャクチャ嬉しかった。もちろんリズム隊も全てコブシャウになれば、言うことなしなのだが・・・、これはなにも人間関係を度外視しても、単純にサウンドのことだけを客観的に考えても、俺の作品はバンドサウンドが似合うと思っていたし、極論を言えばコブシャウのメンバーでないにせよ、人間が演奏してる感じのサウンドがいいと思ってたくらいだからこれでメンバーを使えるというのは願ったりかなったりだった。もともと最初聞かされた話だと、プリプロ(いうなれば本番レコーディングの前にやるゲネプロ)の要員としてミュージシャンを招集するというニュアンスで俺は聞いていたので、ガンちゃん、ゴーダ、バンダナ(以下ガン・ゴー・バン)にもそう言って声をかけたしガンゴーバンもそれで気楽に参加してくれたという感もあった。ところがPAさんがいうには、どうやらこれはプリプロではなく、本当のレコーディングなのだそうだ。それを聞かされたのはガンちゃんがギターを入れた後の話で、特に「ちっちゃいガッツポーズ」などはもともとAメロのギターはリフを弾いてるだけだったのが、社長に「何でもいいから16のカッティングも入れといて」と言われ、ガンちゃんとしてもまさに「とりあえず&思い入れゼロ」のカッティングを入れた後にこのテイクがまさに全国リリースになるということを聞き、ガンちゃん本人がもはやその時の自分で弾いたAメロのカッティングフレーズなど覚えてないとのことだった。「メジャーのRECってこういうもんなの?」とガンちゃん、「こういうもんなんじゃん?」と俺。それよりもそのことを聞いた後にRECに入ったゴーダとバンダナの方は突然プレッシャーを感じ始めたことと思う。それにしてもメンバーにはそれぞれ仕事があり、しっかり働いてきたあとにハードなレコーディングに参加してくれてまずは感謝。そしてさらに状況はどうであれ自らもしっかり楽しんでしまおうともっていくあたりはサスガだと感心してしまう。それはそうと、このレコーディングに参加してくれたメンバーには一銭もギャラが出なかった。ゴーダなんかは「今までCD作る時なんかはお金払ってたわけだしギャラなんかいいですよ」と言ってくれたり、他のメンバーも一様にギャラはいらない、と言ってくれた。しかしメンバーはどう言おうが、多少なりともメンバーへのギャラは出してもらいたかった。金額の問題じゃなく、俺がこれからやっていこうとしてるこの会社の心意気のようなものを俺自身が感じたかったのとメンバーにも感じさせたいという両方の気持ちがあった。この時俺はまだ契約前だというのに、俺の中で既にこっちの会社側の人間としての視点に立っているということに驚いたが、これは何も「武士は食わねど高楊枝」みたいな変な見栄のことをいってるわけではなく、そんなに財力のある会社ではないことくらいメンバーだってわかってたと思う、でもせめて交通費、またはそれも無理ならばそれなりの説明をしてくれたならば俺だって最初にメンバーにそれを説明し、それでもちょっと頼むよ、って言ってたろうし。というか先に述べたようにメンバーはそもそもギャラは期待してないのだが・・・。とにかく本当に僅かな金額であれ会社側からメンバーに渡してもらうという形を望んだが、結局ギャラどころかギャラは出せないということに関しての言及すらもなにもなかった。この頃逆にメンバーからは「あんまりおじゃ丸はそんなこと(ギャラ)にこだわんないでガンガン頑張ってくれ」という励ましの(?)メールをもらったりなんかして、そんなメンバーからのエールが身にしみた。そしてバンド名義ではない、おじゃ丸名義のCDだというのにいろいろと都合をつけて(平日の夜だったりする)膨大な時間を協力してくれて、しかもメンバー全員ではなく部分的に声がかかり、そして(何度も言うが)ノーギャラというこの状況・・・結束力の無い、浅~い間柄のバンドだったら妙な歪みが生じそうなものである。否、それ以前にもしメンバーとはそういう間柄であればこんな条件ではとても頼めなかっただろう。

2曲のオケがだいたい出来上がって、次に言われたのが、「ちっちゃいガッツポーズ」のAメロを改良せよ、ということ。オケは出来てしまっているのでもちろんコード進行等はそのままという中での改良。とりあえず15種類のメロディーを、これまでずっとそうだった自分の手法「適当な英語」にのせて歌ったものを持っていったら、社長曰く「日本語じゃないと雰囲気がわかんないから日本語の歌詞にしろ」と、言ってることはすごくわかるが、メロによって歌詞のハマり具合や内容は全く変わってくるし、能率という点では15種類それぞれのメロに15通りの歌詞(そのうち14個はボツになる)を考えるよりもメロを決定(内定でもまったくかまわない)した中で15通りまたはそれ以上の歌詞を考えたほうがいいと思うが、とにかくそれぞれに歌詞をつけて改めて提出した。そしてAメロが決定して、やはりというかまたもや歌詞を考え直すことになった。これまた10通り以上考えた。ちなみに例えばこれら一連の創作はじっくり一日使えるわけじゃなく、会社に行ってから突然、「一時間以内にやれ」と言われたりするのである。頭は常にマックスのフル回転、かなり疲れる作業ではあったが、こういうことを嫌がってはプロじゃないし、やりがいは十二分にあった。それにしてもつくづく思ったのは曲先で作詞が出来ないとどうにもならないのだなぁということである。まぁ今の世の流れとしても曲先が主流なのは常識になってるが、それにしてもここの会社には「詞先」という概念すら存在しなかった。今まで俺は作品作りをずっと「曲先」でやってきて本当によかったと思った。

ところで作品が完成に至るまでには数回のチェック(直し)が入り、何度もやり直すことになるのだが、作るのはあくまでも自分なので自分の中で合格点を超えてるものしかそもそも提出しない、ということで自分が納得する作品クオリティーのラインを保っていたといえる。何種類かのフレーズを作るにしても、その中の自分のベストだと思う物と社長がベストだと思う物は違うものだったりはするが、こっちでどうしても嫌なものは最初から作ろうともしないし、社長に発表もしないので、どうしても納得できない作品や不本意なまま作品化されることはなかった。こういう点でのストレスは幸いにもなかった。だがしかし、歌い方を変えてみろ、と言われた時はかなり根本的なことだったし、ショックだった。これまでも曲ごとに微妙に歌い方を変えたりすることはあったが、そんなレベルではなく、このとき言われたのが「今、売れてる邦楽アーティストの物マネでいいからそれっぽく歌え」ということだった。この発想は今のJポップシーンの中ではびこる最悪ともいえる考えだと俺が常々思っていたことだった。作り物の個性、とかアーティストとしてのプライドがないとか、そういう正論は少し措いといて、そういうことじゃなくても単純に商業的な成功のことだけを考えたとしても間違ってると思う。例えばもう10年以上もの間脈々と流れてるバンドヴォーカリストの、ある歌い方の原点を氷室とすると(もっと遡ると西城秀樹ともいうが)それを教科書として模倣から入りヴォーカリストになった人はいて当然だが、模倣から入りつつも、それで何度も何度も歌いこなしてさらに別の参考書ともいうべき他の何人かの好きなヴォーカリストも自然に吸収して、そこに自分というフィルターを通して発酵させてはじめてヴォーカリストといえるんだと思う。否、ヴォーカリスト云々はともかく売れるVOというのもそういう人だと思う。GLAYTERUや、B’zの稲葉にしても、もとは氷室だったかもしれないが、ちゃんと自分のフィルターを通して消化してから大ブレイクに発展したんだと思う。(TERUに関してはちょっと誉めすぎかな?)しかし中には本当にただの物マネで終わってる、しかも売れてる人もいるが、それは楽曲が良かったり、ルックスが良かったり、プロモーションがうまかったり、という別の要素で売れたんであって、「声が○○みたいだから」っていう理由で売れてるわけじゃないと思う。一般リスナーはそこまでバカじゃない。「○○みたい」なものを買うくらいなら、その本家である「○○」を買うのはあたりまえで「○○みたい」というのはむしろデメリットでしかない。だから逆に俺が思うのは楽曲もルックスも良く、プロモーションもうまくいってそこそこブレイクしてるアーティストはなんてもったいないんだろうって思う。少しだけでもその人なりのオリジナリティーを注入していれば大ブレイクしてるのに・・・なんてことを昔からよく考えていてこれは今も変わらない。もう一度いっておくとこれはアーティストとしてのプライドやアイデンティティーのことでなくビジネスとしての音楽を考えた上での話でこれは作品にも同じことが言えるが、歌い方には特にいえることだと思う。歌い方をわざと似せてるというのは普通の人でもわかることだろうから。

話を戻そう。「今の有名どころの日本人VOで気に入ってる奴を言ってみろ」と社長に言われてまずこの時点でとても考えてしまった。というのも俺は楽曲を好きになるほうで、あまりヴォーカリストという見地からは音楽を聴いてこなかったということに加え、さらに「売れてる」という条件付きなのが困った。さんざん考えた挙句、スガシカオの名前を出した。すると社長は、スガシカオを意識して歌ってみろ、と・・・。他にもB’zっぽく歌えないのかとか清志郎の影響を受けたVOはだいたい売れるとかの理由で清志郎を意識してみろとかいろいろと言われた。もちろん清志郎は好きだし稲葉も嫌いじゃないけどクセの強い声の人を真似るとすぐにB級に聞こえてしまうということを俺は思ってるが、社長はそうは思ってないらしい。ニュアンスを変えて何通りかのテイクを入れてみたが、そもそもスガシカオっぽい「ちっちゃいガッツポーズ」ってどんなんだ?とか自分で突っ込み入れたりしておかしくなったりした。そして一番最後のテイクに半分ヤケクソでとにかくなんにも考えずに思いっきり歌ったラフなものを入れといたら、これを聞いた社長が「このテイクは誰を意識した?」と言ってきたので、内心「一番自分らしいテイクです」って言いたかったが話がめんどくさくなると嫌なので「清志郎の更にルーツであるオーティスレディングを意識してアタックを強く前ノリで歌ってみました。」と言ったら「この歌い方でいけ」と言われホッとした。次の日になると社長が「きのうのあのウィルソンピケットみたいな歌い方でだぞ」と言ってきて、オーティスからいつのまにかウィルソンピケットに変わってたのがおかしかったが・・・。

コブシャウヴァージョンの「ちっちゃいガッツポーズ」と違う部分はAメロの他に新たにラップが途中に入るところである。これは社長の案なのだが、これに際して社長からドラゴンアッシュやラッパ我リヤを聞き込めということを言われた。個人的にドラゴンアッシュをいいと思ってないのはおいといて、客観的に考えてもルックスとスタイリッシュな部分(これは確かにカッコいいと思う)と、ライムというより歌詞の内容(個人的にはこれこそ全然いいと思わないが・・・)で売れてるんだろうなぁということはわかるが、しかし、社長が言ってることはラップのセンスの部分、つまりリズムや言葉の乗せ方などをドラゴンアッシュから学べ、というのである。ルックス、ステージング、ファッションセンスを考えずに例えば目をつぶってラップの部分だけ抜きだして考えてドラゴンアッシュが見本になるとは到底考えられなかった。

このようなことを通じてわかってきたのが社長にとっての売れるための音楽への戦略とはいろいろな意味で「後手」にまわってるということである。社長自らが「今は柳の木の下にドジョウは十匹いる!」と言ってて、実情はそうかもしれないが、十匹目のドジョウ狙いで売れるためにはそれこそ強力なタイアップや豊富な政治力が必要で、ここの会社ではそれはかえって難しいことだと思うし、まぁもちろん個人的にメチャクチャ嫌だし、それ以前に俺がそういうことやっても売れない自信が存分にある(笑)。社長が雑誌の日経エンターテインメントを開いて今の音楽シーンの動向を説き、だからこれからはこうだ!と言ってる時点でもうゴテゴテの後手である。日経エンターテインメントという雑誌は、音楽のことをあまり知らないサラリーマンや年配の人向けの読み物で、例えば「女性RBがすっかり世の中に浸透した今、これからは平井堅、ゴスペラーズ、ケミストリーといった男性R&B、またはアカペラグループが来る!」っていう記事を書いたりしてて、「だからもう来てるっちゅうの!(笑)」ってことは音楽をやってる人間ならもちろんのこと普通のリスナーだってそんなことはとっくに知ってることが書いてある雑誌である。もちろんこういう雑誌があってもいいし否定する気もないが、少なくとも音楽を発信する側がこれを見て、これからは男性R&Bだ!なんていうのは本末転倒だし、そういうプロデューサーを俺は心細く感じてしまう。

それからよく社長の口から「うちはメジャーのレコード会社なんだからプロ意識と競争意識を絶えず持ってなきゃダメだ!」という言葉が出て、そこまではいいのだが、「これから先、仮に歌番組に出たとしてAIKOやトライセラと同じ土俵で出るんだぞ、ポルノグラフィティーと同じ土俵で出るんだぞ、実際にそうなって萎縮してる場合じゃないんだぞ!」と社長的には俺にハッパをかけたつもりなのかもしれないが、正直俺には何のモチベーションにもならないし、生意気かもしれないが、そういうアーティストに囲まれても全然、全く萎縮はしない。これはもう絶対に。まぁそれはともかくこういうことをいうこと自体、それは社長の中にあるメジャーの中での自分の会社へのコンプレックスの裏返しだと思えてしまう。

ちなみに俺は自分のことを芸術家肌の頑固者だとはちっとも思っていない。メジャーで音楽をやるということはあくまでもビジネスだということは百も承知である。よく、売れ線を嫌い、どうのこうのいうアーティストがいるが、それならインディーズでやるべきだしシングル出すなよって思うし、メジャーでやる以上、売れることを意識しなくてはならないのはあたりまえだ。一言付け加えると、俺が売れてると思うアーティストの範囲は広い。例えば「俺たちはシアターブルックのような、売れ線じゃないけどいい音楽を目指す」とかいう人がいるかもしれないが、俺から言わせるとシアターブルックはいい音楽をやってると同時に十分「売れてる」バンドの中に入る。商業主義というものと音楽的クオリティーの折り合いはつく、と俺は思っている。だからこそメジャー志向でいた。ただこれまでの自分の作品が全てメジャー向きだとも俺は全然思っていない。変な話をすると俺が作品を作るときの手法というか流派(?)というかを自己分析すると四種類のものに大別できると思う。意識して作ってるわけでもないのだが、そしてこれら四種類のうちの一つがメジャー向きだという自覚があり、当初は社長との思惑とも一致してた。とはいえ超辛口の社長がほぼ全面的に認めてるのは俺の作詞能力くらいである。これまでもいろいろなところで詞に関してはなかなか高く評価されてきたことはもちろん嬉しい限りではあるが、個人的には作曲のほうが自信はあると思ってるのだが、まぁオリジナリティーをわかりやすく打ち出すためには、誰々に影響を受けてるみたいなものがなく勝手気ままに作ってきた「詞」のほうを強調していくのは得策かもしれないとは思った。もともと社長が俺のデモテープを聞いてピンときたのは俺の「詞」と「どこにも属さない感じ」だと実際に言ってたのに、だんだんと、詞はともかくとしても「どこにも属さない」というものがこのままでは薄まってしまうと思った。よく思うことだが、色々なところで募集してるデモテープやコンテストなどで審査する側の人間というのは、みんなそれこそ口々に個性だオリジナリティーだといって、この時はだれかのマネだったり流行りのことをやってたりすると結構落としたりしてるのに、オリジナリティーを認めて、そこを評価したはずなのにいざデビューさせるとなると今度は無難に丸くしようとする。売れるためにこそ、とんがっておく必要があるというのに・・・。これは逆説でもなんでもなく、すごくわかりやすいアプローチの仕方だと思うのだが。ダメ押しの具体例をもうひとつ。漫画家の久住昌之さん(この人が組んでるバンド「モダンヒップ」はコブシャウにとっての数少ないバンド仲間のうちの一つ)が以前、自身のHPの中で「銭湯とジャズ喫茶」について、だいたい次のように述べていたことがある。「銭湯もジャズ喫茶も今はその役割が変わってきている。家に風呂がある人が湯船に足を伸ばしてつかることが出来たりさらなるリラクゼーションを求めて、またCDがメインストリームの今日、アナログ版のジャズをレコードプレーヤーで大音量にして聴くことが出来る場を求めて人は集う」とまぁかなり今自分の言葉に換えてしまっているが、だいたいこんなようなことを述べていた。そしてこれらの経営は(やっぱり苦しいかもしれないが)しっかり成り立っているのである。主流じゃないからこそそういうところの絶対数が少なく客は一極集中する。仮にこのジャズ喫茶の売上と、よくあるタイプの小洒落た喫茶店の売上が同じだとしても、ジャズを大好きでやってる時点で、もう断然ジャズ喫茶のマスターの方が幸せなわけで、のびのびとやってるはずだ。

この話を少しだけ改良すれば立派に俺の考えるメジャーでの戦略にもなり得る。少し改良というのは、やはりこのままでは俺が考えるメジャーとも少し異なる。オリジナリティーを出しつつもやはり売れることを考える、つまり客のことをしっかりと見据える、というのがメジャーだと必要になってくる。例えばジャズ喫茶のマスターとしてはやはり、ヒゲをはやしてるほうが雰囲気出ると思ったら、狙ってヒゲをはやす。この「狙って」というのが重要。さらに「少し無愛想なたたずまい」が効果的ならば、本当は気さくな人であっても我慢して(笑)意識して無愛想にする努力(?)が必要であろう。しかし本当に根っから単に無愛想であったりサービスの行き届かない店にはリピート客は期待できない。あたりまえのことだが、こうやって「狙って」やるまでもなく、本当に気の赴くままにやって、しかも繁盛してる店が一番いいにきまってる。メジャーの音楽シーンでもごく稀に好き勝手本当に本人も楽しみながらやっていてしかも大ブレイクしてる人もいないわけではない。もちろん推測の域を出ないが、俺がこう感じる人は、奥田民夫(これはもうユニコーン時代から現在に至るまでず~っと)、そして(アルバム「ステレオ太陽族」からKUWATA BANDを経由して「稲村ジェーン」までのという限定付で、といってもすごい長期間だが)桑田佳祐の二人位かな?まぁこれは誰もが知ってる人をあげただけなので、こんなに売れてなくても本当に好きなことをやってる例はもっとある(清志郎やオリジナルラブの田島やスガシカオetc)がやっぱり少数だと思う。これらの人たちは本当に究極に幸せでミュージシャン達の憧れのスタンスだと思う。でももしかしたらこの人達にも緻密でしたたかな計算があるのかもしれないが、それならそれでメジャーのアーティストとしてはいっそう尊敬してしまうが・・・。こういった稀有な人々を「長嶋タイプ」とするとしっかりと自己分析が出来ていて「狙って」やってる、しかもすごく努力してる「王タイプ」がやっぱり多いと思う。例えばユーミン、ミーシャ、B’z、ミスチルとかかな?一線級でいるための苦悩はそれはそれは大変なものとうかがえる。

なんだか話が大きくなってきてるが、こんな超メジャーどころをあげるまでもなく、とにかく他との差別化をはかりしっかりと自己分析が出来たうえで常に相手あっての音楽だという意識はジャズ喫茶的アプローチ(?)の中に加えていかなければならないと思う。しかも本来ならこんなこと(狙ってやるとか)を公言しないことが大事だ(笑)。

それと大切なことというか、やはり得なのは、そのアーティストのいわゆる核となる部分がそれ自体にある程度のポピュラリティーを含んでるということ。ポピュラリティーがあるかどうかは誰が決めるか、それはやっぱり結局は自分だろう。自分をとことん客観視して普通の人の耳にはどう聞こえるかを徹底的に考える必要があると思う。俺がいい年してまでメジャー志向でいたのは自分の作り出す楽曲を冷静に厳格に判断して、それでもやはりどう考えても勝算がある、自信がある、と思っているからである。先程、登場してもらった久住昌之氏の相方(!?)で、泉 晴紀さんという人が「ガロ」という雑誌に掲載された「泉 昌之(つまり久住さんと泉さんのこと)デビュー20周年記念座談会」というものの中で述べていたことを中心に、ちょっとそのまま抜粋させてもらうと・・・(ちなみにこの座談会は他に、みうらじゅんさん、根本 敬さんが参加。濃~いメンバーだ!)

みうら・・・じゃ、儲けるためにはどうすればいいんだろう、何が原因で儲からないんだろう。

泉・・・それが自分でも不思議なんだよ。売れておかしくないマンガなのになんで売れないんだろう。

久住・・・泉くんは昔から一点の曇りも無く、そう思っているからね。

泉・・・どう考えても不思議なんだよ何で売れないのかわかんない。いや、まじめに思ってるんだけど、泉 昌之の本はその辺で百万部売れてる本と較べても全然内容は負けてないよ。

みうら・・・うん負けてないよ。

泉・・・だから売れたっておかしくないんだよ。

みうら・・・おかしくないよ。

泉・・・でしょ?売れないのが不思議なんだよ。ミステリアスな話だよ。

久住・・・ミステリアス(笑)

みうら・・・そこまでいうか(笑)。いままで一本もはずしたことはない?

泉・・・そりゃ結果的にハズしてるマンガも描いてるけどさいっぱい。でも俺はバッターボックスに立ったら十割だと、全部ホームランだと思って描いてるから。

ずいぶん長い引用になってしまったが、この泉さんという人、まだお会いしたこともなければ、もちろん話したこともないが、この人が言ってること本当~~にもう死ぬほどよくわかる。まさに俺がここで言いたいことをそのまま代弁してくれてるような気がしてならない。百万部売れてる本と比べて内容は負けてない、というこの「内容」というのはクリエイティブな部分(これは当然として)のことだけじゃなく、ポピュラリティーを含んだ内容という意味でも負けてない自信が、それこそ「一点の曇りも無く」あるということなのだ。だからこそ職業作家なのだ。一般的に「ガロ」という雑誌は反主流派雑誌の代表と認知されてるかもしれないが、そこで執筆されてる作家の人達の中には自分はマイナー作家だ、という自覚のもとでプライド持ってやってる人(花輪和一さんなど)もいて、それはそれでカッコいいけど、この泉さんのようなタイプだっているのだ。俺は自分自身この泉さんの考えのほうに強烈に共感する。メジャーの発想という点で。あたりまえのことだが、自己を客観視することもなく、ただ自分こそが最高だと思い込んでいる素人とマンガ活動二十年の泉さんとは全然違うことは言うまでもない。この人のマンガにポピュラリティーがあるというほんの一例を挙げるなら、まず俺はマンガに関しては当然素人である、その素人の俺が、ごく一般人の俺が「泉 昌之」のマンガは(久住さんと知り合いだということは当然抜きにして)本当に純粋におもしろいと思うのだ。久住さんと話す時はどうしても音楽の話が中心になってしまい、久住さん本人に向かって直接「マンガおもしろいですねー」と言ったことが実は無い。何だか単に「おもしろいですね」っていうのも社交辞令的というか含みもなく軽い感じがして、俺がおもしろいと思っているレベルはそんなに軽いものじゃなく、そりゃもうかなりおもしろいわけでこのことを伝えるにはたくさんの言葉を必要とするし、何かと饒舌に感想を言うのもなんだかおこがましいので言わないでいるのだ。

なにやら話しが飛躍してしまったが、さっきから長々と述べてることは、つまり俺にとってのメジャー観、そして俺自身がメジャーでやっていくための戦略のようなものなわけだが、これは特に少数精鋭の会社であればこそさらに有効になる、と最初は喜ばしく思っていた。しかし具体的な方針、方向性を決定するのはもちろんプロデューサーである社長だ。資金をやりくりするのも社長である以上最終決定権は社長にある。これは当然のことだ。俺はプロデュースされる立場の人間で自分の意見や考えが反映されるためにはある程度の実績と経験が必要で、でもこのままだと良い実績は残すのは困難で、良い結果を出すためにも先に述べた俺の考えが理にかなってると思っているのでこのへんのもどかしさは、一般会社員でも同じものがあると思う。例えば、会社で企画担当の新入社員、いやまだ研修生の身でありながら、企画部長の考えと違う、いや社長の考えと違うというだけで、その新入社員はそこの会社を辞めてしまうだろうか?答えはまずNOだ。生活をかけた仕事なのだから。俺はどうか?全く同じである。生活をかけた仕事に変わりは無い。これまで言葉を尽くして述べてきた「音楽的な基本方針の違い」が直接的な原因となって俺はこのレコード会社を辞めたわけではない。(これで辞めたという方が格好いいとされるんだろうけど)。本当に長々と述べてきておいて難だが、これから述べることのほうがやはり決定的な要因でしかもシンプルなことである。それではこのシンプルにして核心の部分について述べることにしよう。


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