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~第五章・・・変化する幸福~

ようやく今ここまでの文を読み返してみた。ここまで本当にとりつかれたように一気に書いてきて、ろくに推敲もしてないこともあってか同じようなことを二回書いてたりするのがおかしいが、記憶が薄れないうちに、例えば社長の言葉の引用なども限りなく一字一句再現してみたかったし、自分のためにも早く忘れたいことと、いつまでも敢えて鮮明に覚えておきたいことがあり中でも覚えておかねばなるまい、と思うことを書きなぐった感じである。思えば、まれに見る孤独な時期で同士がいれば後々になって「あの時はああだったよなぁ」とかなんとか酒でも飲んだりして語り合えるものだが、そういうわけにもいかないし、これを書いてるという自体がまた完全孤独な作業でもある。第三者が読んでもわかるように日記というよりエッセイ調に書いているが正直言って一番読んでほしいのは未来の自分である。まぁこれを書いてるだけでも十分深く自分の脳裏に焼きついて将来読み返す必要のないくらいにインプットされた気もするのだが、ともかくまずは最後まで書くことにしよう。

最近の俺はここ数ヶ月の生活の反動とでもいおうか、家から駅までの行き帰りの道を毎回別のルートを通って、いろいろと遠回りをしながら歩き回ったり、あるいは電車に乗って今まで降りたことも無い駅で降りたりして、完全無目的であることを楽しんでいる。今までは歩いてる時は必ず音楽を聴いて、特にこの数ヶ月では電車の中やちょっとした空き時間は常にそれこそ寸暇を惜しむように作詞やアイディアの捻出をしてきたが、今はとにかく歩いているときは本当にただ歩いている。おなじみの風景や道もちょっと別の方向から歩いてみるだけで新しい発見があったりして清々しい気分になる。なんだかすごく年寄りの散歩のようなことをしてるが、俺はきっと散歩の妙味を知り尽くした老人になれる自信がある。

ところで俺は少し時間がたった今でも、自分がとった選択には一片の後悔もしていない。そしてこれまた確かなことは、音楽を嫌いになったわけでもなく、これからも音楽をやめるなんて発想などこれっぽっちもないということである。これからはさしあたって働くなどして生活の基盤を作ろうと思っているが、「俺も昔は・・・」とか言う台詞は言いたくないし、趣味は音楽ですなどと言うようにはなりたくない。売れてる音楽をバカにしたり、現代ミュージックシーンを嘆いてみたり、突然妙にシブイ音楽やりだしたり(笑)するつもりもない。

ちなみに今俺は大阪、神戸の旅の帰途、新幹線の中である。

兵庫県西宮市

というところで俺は小6の夏から中3の夏までの間住んでいて、ここでの3年間で俺はギターを弾き始め、オリジナルを作り始め、親友と一緒に既にライブもやり始めた。21年前への原点回帰の旅といったところか。その親友はこの一連の俺のメジャー話の始まりからなにから何も知らず、話すととても長くなるし、せっかくの再会をこの話だけで終わらせたくなかったので詳しくは文章にしてそれが出来たら送るから読んでほしいと言い、色んな他の積もる話に花を咲かせた。そして今帰りの新幹線で一人になってこれを書いている。

俺はメジャーの世界が嫌になって辞めたわけじゃなく、所属しようとしてたレコード会社が原因で辞めたということはさんざん述べてきたが、ではこの会社以外のメジャーの会社は俺が思い描く理想の場所なのだろうか?実際にメジャーの某レコード会社にいる大学の先輩や事情通の人から聞いたことを踏まえて考えるとやはり全ての面で俺が通ってたところは明らかに異常である。しかし、他の会社(プロデューサーも含む)が手放しで素晴らしいところだとも俺は思っていない。思わなくなったといおうか、俺のほうの考えが変わったということだ。メジャーで活動していくためのライフスタイルそのものに疑念が出てきたとでもいおうか・・・。時さんが前に言ってたことがある。「紅白は出るよりも家族でコタツで見ていたい」と、その意味がなんだかとてもわかるようになった。俺はこの度メジャーの世界に片足(の爪の先くらい)を突っ込んだ程度で、紅白なんて話してる場合じゃないんだが、紅白を例にださずとも、ただ歩いてたり、喫茶店にいたりしても完全にはプライベートということはなくなるんだなぁということとかシミュレイト出来てしまい、もちろんそんなことは最初っからわかってたことなのだが、やはりそれをより現実的に考えるようになるといよいよ切実に嫌なことだと具体的に思えるようになった。CDはたくさん売れて、ライブにも多くの観客に来てもらいたいが、その実、顔とかは出来ることなら知られずにいられれば一番いいのに、などとどうしようもなく自分勝手な願望があるが、ともあれこのブレイクはおろかデビューもしてない人間の変な皮算用ではあるが、かなりリアルにシミュレイト出来てしまったのは事実でそれがかなり嫌だったのも事実である。利権がからみ、ろくでもない人間との接触やしがらみの中、音楽以外の出し物みたいなものに何日も時間を費やし稽古したり、心にも無く「白組頑張れ」とか言いながら年を越すのと気の合う仲間や恋人とすごすのでは幸福の度合いがまるで違うだろう。余談だが、近藤房之助さんがBBクイーンズとして「おどるポンポコリン」でレコード大賞をとって紅白に出た後その足で高円寺のJIROKICHI(50人も入れば満員になるライブハウス)のセッションに駆けつけたというのはつくづくいい話だと思う。

話を戻すと結局、幸福の最上級の形が変わってきたとでもいおうか、シンプルに感覚的にこの変化に対応していくことが自分の幸福に直結するのだと思い始めた。そう、「自分の人生」、このフレーズを何度も使うが、例えば音楽のみならず、お笑い、タレントといったエンターテインメント系の人はもちろん、バリバリと仕事をこなすスーパーサラリーマンなど、このような人たちが誰かに対して感動、笑いやサービスを提供して多くの人の共感を呼び、指示されたとしてもそういう人たちは、いよいよ自分が死ぬという瞬間、何を思うのだろう。「自分は多くの人々を喜ばしてきた。そしてそれによって財も成した。しかし、等の自分自身はこれで幸福な人生だったのだろうか」というような根本的なところでの矛盾に気がついてしまった時には死んでも死にきれない気分になるのではないか。そんな考えになり、じゃあどうすれば幸福な人生だったと思いながら死んでゆけるのか、これはなかなか難しい、まさに「命題」だが、ここで抽象論を述べてもしょうがない、具体的にわかっていることがひとつだけある。それは家族を形成することである。独身で子供もまだ持たぬ身でありながら、これだけはなぜだか確信をもって幸福なことだと言い切れる。かといってもちろん今日、明日とか今年中に結婚しようなどと思ったところでこればっかりはまだまだ出来るものでもないのだが・・・。

それと、幸福の尺度とは人それぞれで、その度合いは個人の中にある皮膚感覚のようなもので決まるような気がする。かつてハードロックバンドとして世界進出も果たしたバウワウのVO、人見元基氏が現在、どこかの学校で英語の教師をやっている(彼はもともと教員免許を持っていた)という記事が新聞に載っていて、そこで本人が「もう二度と音楽をするつもりはない」と述べていて、この記事を読んだ当時は不思議でしょうがなかったが、今となってはとてもよく理解出来る。俺は音楽をやめようとは思わないが・・・。また、山口百恵は引退以降本当に一度たりとも一切のメディアに自らの姿を露出していない、ということをこれまではとにかくその潔さにカッコいい!と思い、一方で何事もなかったようにカムバックしてる都はるみをカッコ悪い、と思う程度だった。今でも山口百恵をカッコいいと思う気持ちは変わらないが、同時に、これは山口百恵自身が単純に今のライフスタイルのほうがハッピーだ、あるいは過去のライフスタイルはアンハッピーだと思っている(かはわからないが、)、いずれにせよ幸福の皮膚感覚に純粋に従っているんだろうと思う。

これら人見元基や山口百恵のようなスーパースターに自分を照らし合わせてもしょうがないのだが、仮に俺が環境の良い、別のレコード会社なりプロダクションなりに所属して商業的に成功したとしても、それが幸福だとは限らないという至極あたりまえのことを今さらながらようやくわかったのである。

さて、とはいえ俺は音楽をやめたいとは思っていないばかりではなく、メジャー志向でいようという考えもまだある。これはかなりのバクダン発言かもしれない。今までこの文章をずっと読んでくれてた人もここにきて「なんじゃそりゃ、結局まだメジャーでやっていこうと思ってんのか」っていう声が聞こえてきそうだが、この問いに対してYESNOかというとやっぱりYESになる。ただしこれまでとは違ういくつかの高いハードルを自らに課しての条件付きでということだ。まぁハードルというよりは自分のための幸福を守るプロテクターをつけながら音楽をやっていくということで、さらにそれは趣味とかではないあくまで本気でやっていくということである。しかもインディーズ的ではないメジャー的発想のもとでやっていきたいということである。ゼットンの歌詞ではないが、しっかりと身を守りながらも攻撃し続けていくということである。そんなうまくいくはずがない、オマエは小椋佳か!それが出来れば苦労しない、なにを甘いこと言ってんだと思われるかもしれないが、これが甘い考えだというのは百も承知であり、これで大成することがいかに確率の低いことかということは、普通一般の人よりも少しだけ俺のほうがよくわかってるつもりである。いろんなプロテクターをつけたまま活動していくわけだから、メジャーの会社からしてみれば扱いにくいことこの上なく、いろんな条件を許してまで、若くも無いアーティストに声をかけてくるところも無いとは思うが、それでも声がかかるくらいの存在になるべく自らをレベルアップさせたいと思っている。そして今度出会うレーベルの社長なりプロデューサーなりにはあとになってゴタゴタがないように最初にいろんなことをハッキリといっておきたい。過去にこういう経緯があったということを話したり、願わくばこの文章を読んでもらいたいとさえ思う。これらのことが自分にとっては決定的に不利なのはわかっているが、お互いに納得いく形でやらないことにはお互いのためにならない。ただしそれでも話がしっかりと成立したならば、それでもこの俺を世に出したいという奇異な会社なりプロデューサーなりが出現したならば、その会社、その人のためにも、もちろん自分のためにも、そしてもはや過去の、あの時のあのレコード会社の社長に逃がした魚は大きかったと言わせるためにも、命や人生をかけたりはせずに、その時点での自分の全才能をその時の会社に捧げるつもりだ。そしていつ「その時」が訪れてもいいように用意周到でありたい。

音楽活動をスタートさせてから21年たって今回の話がきたということはこれから21年以内に再び大きなチャンスが来るだろうという、かなり長期的な展望を持つようになった。しかもこれまでは21年間といっても、自分のスタイルをなんとか築いて商品価値のある作品作りに自信をもてるようになったのは正直ここ2,3年くらいのことで、だから21年とはいえこれまでのほとんどは発展途上であったので(もちろん今もこれからも途上であることには変わらないが)、単純に考えても、これからの20年の方がどう考えてもハイクオリティーな作品を量産出来るわけだし、これは遅咲きの分の悪さを差し引いても余りあるほどの20年だと思う。まぁ今でも十分に遅咲きの部類に入るが(笑)。

顧みるに今年の3月11日の時点ではメジャー志向でいることをやめようと思い、そう決めた瞬間にメジャーから声がかかり、しかも辞めて・・・、誕生日の時の状況に戻っただけだ、という考えが当初、色濃かったが、今ではまだメジャーだなんだって言ってる。この数ヶ月の出来事は、じゃあ何だったのかってことにもなるが、やはりメジャーの実態も何もわからずに、志半ばにして区切りをつけてしまった場合、今後も常にどこかでひっかかったまま生きていくことになっただろうし、そう考えると実際にメジャーの現場に身をおいたというのは収穫なのかもしれないと今ではやっと思えるほどになった。いい思い出とよべるものは本当に見事なまでに何も無いが、何のコネもなく、一本のデモテープからメジャーの扉が開いたという事実はこれからの自分にもちょっとした自信となっていると同時に、デビューという行為自体には今や何の興味も示さない、ふてぶてしい人間になれた。メジャー的な発想というのも、メジャーを見据えてやっていくならば必要なことだというあたりまえのことも再認識している。世の中の動きを新聞で読むように流行音楽は一応一通り聞いておくほうが、個性を売り物にする場合でもそれを仕掛けるタイミングを見極めたりすることが出来ると思う。それからメジャー的創作活動というものは、作品を量産出来るということももちろんだが、自分が作った楽曲で、それが仮にワンフレーズに何日もかけた力作だとしても、情け容赦なくボツにするという徹底的に冷めたもうひとつの耳が必要だということもわかった。

こんなようなことを今後の自身の創作活動に常に取り入れながら、これからやっていきたいと思う。何も大変なことじゃないし、加えて今は締め切りもしがらみも無い、良い条件のもとで自由にいろいろと思索・試作、あるいは詞作(?)し、膨大なストックを用意し、来たるべき時に備えたい。

「ショーシャンクの空に」という、冤罪で捕まった主人公が脱獄、生還する痛快な映画がある。20年かけてワンチャンスを確実にモノにするべく虎視眈々とその時に備えて(もちろん映画だからということもあるが)20年間の獄中での彼の行動は全て伏線となり、帰納法的に最終目的である脱獄、生還を可能ならしめる。と、何だか表現が難しくなったが、この痛快さは実際に見なければわかるまい。この主人公に比べれば俺はワンチャンスがどうのということではなく、過程もしっかり楽しませてもらう分、実を結ばずとも幸福である。思えばあのレコード会社に通っていた頃は、それこそ刑務所とか言葉の通じない外国にいるような感覚をもっていたが、そうであればこの度の俺は、さしずめ脱獄に成功し、生還したということか。メジャーからの生還・・・何だか妙な言い回しだな。それでいてまだメジャー志向とかホザいてるんだからいよいよ妙だ。否、メジャー志向というのとはやっぱり微妙に違うのかな?わかりやすくカッチリ整理しておこう。

     これからは音楽だけでメシを食っていこうという考えはまず捨て去る。

     収入源をバイトではなく正式な社員として働く場所とし、その職を探す。

     そこでメチャクチャ本気で働きながら、メチャクチャ本気で音楽もやる。

     仕事と両立出来る範囲の話以外は断る。

     両立範囲内の話の場合はもちろん全力で取り組む。

     作品作りやライブパフォーマンスはあくまでも一般不特定多数のリスナーを見据えたものとする。

つまりメジャー「志向」というよりメジャー的な「思考」で作品を作り活動していく、ということである。こう表してみると、今まで俺がコブシャウでやってきたアプローチもメジャー「思考」であったわけで、それじゃ変わんないじゃんってことだが、いやいや、すごく変わると思う。このことばっかりは言葉は無力だろう。とにかくこれからの俺の新たな曲を実際に聞いてもらうしかない。

The answer is blowing in the songs.

カッコつけすぎ?


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